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zakkuri_zakkuri's blog

140字じゃ伝えられないことをときどきね。

広告は広告、コンテンツはコンテンツ

 媒体を運営している人間だったら、情報化社会における「情報とは何か?」という考察をするのに、マーシャル・マクルーハンの論や梅棹忠夫の「情報の文明学」ぐらいはかじっていて欲しいんですけど、ここで「メディア論」について語るのはアホらしいので、割愛します。どっかで飲みながら話しましょう。

 

さて、昨日何気なく暇な時間にツイッターを見ていたら、なんだか「コンテンツと広告の融合」とか、もうなんだか「媒体」なんて金儲けのための「使い捨てのもの」としてしか考えていない人間がWEB上でのさばって来ているのね・・・とちょっと悲しい気分になったので、ここでダラダラと愚痴をこぼしている次第です。

 

言うまでもないですが、媒体と言うのは読者がいるからこそ成り立つのであって、読者に対して損害を与えたり、騙したりするようなものは、媒体とは呼べません。何ゆえ「ステマ」があれだけ問題になったのか?そういうことをきちんと肝に銘じていれば、「コンテンツと広告の融合」なんていう軽々しい言葉は使えないと思うわけです。厳しく言えば、「文章を読み進めていった結果、広告と気づく。不快に思わなければそれでいいだろ?(面白かったらそれでいいだろ?)」というスタンスのどこかのPの発言は、限りなく乱暴なのであって、情報を発信する側が「ネタ」とか「面白い」と勝手に判断して発信した情報が、結果読者を深く傷つけたり、不快に思わせた場合、誰が責任を取るの?媒体社?広告主?ということについても、非常に無責任な発言だと思うわけです。

 

メディアを運営するのに、全てがロハでなんてことはありえない(どこかで収益を上げなくてはならない)わけですが、どんなメディアを運営する人間でも持っていてほしい「矜持」みたいなものはあるとワタシは思っていて、それが兎にも角にも「読者至上主義」だと思うのです。メディアを作るにあたっては、その方向性として「マーケットイン」「プロダクトアウト」のいずれに重心をおいていくか、その媒体運営責任者の舵取りに掛かっているでしょう。例えば、ニュースの新規性を重要視する媒体の展開を望むのであれば前者のスタイル、オピニオンリーダー的媒体を目指すのなら後者の方向性などのようにです。媒体の方向性が決まれば、「広告中心で行くのか?課金で行くのか?」も決まるでしょうし、広告営業と言うことで言えば、「どのような読者を抱えているか?」をきちんと把握した上での「営業」をするべきだと、ワタシは思うのです。もちろん損益分岐点を考えてPV至上主義でいくのか、ECと連動させてCVが上がるような展開を狙うのかは、枝葉末節に当たる部分だと思っています。

 

ちょっと乱暴な言い方をすれば、広告なんてメディアにとっては所詮は「オマケ」です。「ジオングの足」みたいなものです。でもその足は「偉い人にはわからないもの」ではなくて、時にかっこよく見せてくれる役に立つものかもしれない。そのくらいの意識からスタートしつつ、では読者にとっての有益な広告とはどのようなものだろうか?ということに考えをめぐらせ、同時に顧客メリットも思案する。「媒体社の営業」も「広告代理店の営業」もそういうことを日々考えなくてはいけないフェーズにあるとワタシは思っているんですけどね。